お休みしてます

先週水曜は通院日だった。

疲労が蓄積される一方であること、8月は忙しいので仕事を休まないこと、気持ちが上向かないこと(自己嫌悪、自己否定、孤独感・・)等々から、3月末に減らしたトレドミンを再開することになった。また、忙しくなる前に一日休めと言われたので、今日休みを取っている。

先週は本当にキツかった。保育園からの帰りに座り込んでしまったりした。それでも去年よりはマシ。去年は夏をまともに越えることができなかったのだから。今年はなんとか8月を乗り切りたい。

それにしても、せっかく頑張って減らした薬なのに、また戻るのかと思うと残念でならない。有給もほんとは使いたくない。でも、このままで行ったら8月半ばで落ちることは目に見えていると言われ、まったくその通りなので、仕方がない。

2日土曜日から子どもたちは姉の所へ遊びに行っている。2泊のお泊り。小次郎もプール解禁にになったことだし、うれしそうに出て行った。私はとにかく休むための休みなので、家でお留守番。昨日は一日中寝ていた。人間ってこんなに眠れるのかと驚くほどよく寝た。今朝までの一日ちょっとの間に、25時間くらい寝ているのではないかな。そのおかげでやっと疲れがとれた。自分が好きなだけ朝ゆっくりしていられるなんて、本当に久しぶり。おかげで今日は部屋の掃除もできた。カフェのモーニングを頼んで、本を読みながら朝ごはん。ゆっくりゆっくりが心地いい。。。

明日からはまた忙しい毎日が戻ってくる。叔母がりっぱな鰻を送ってくれたので、今夜はスタミナつけて、早く寝る。

早く夏が終わるといいなあ。

| | コメント (0)

笑顔のママ

眠りがあまりよろしくない。実はここ数ヶ月、からだのかゆみに悩まされているのもその一因であることは間違いない。衣服が肌に触れているのもいやなほどかゆい。特に夜、布団の中でのかゆみが強く、夜中も目を覚ましてかきむしってしまう。ついに、これではいかんと思い、病院を予約したよ。来週行って来ます。これでかゆみがおさまって、夜眠れるようになれば、ばんばんざい。

昨日も東京地方は雪。

帰りの電車から降りたら、なんだかとても疲れていた私。両手いっぱいの買い物をして、自転車で雪の中帰ることを考えたら、心がくじけてタクシーを使ってしまったよ。駅からの帰りタクシーを使うということは、必然的に翌朝駅へ向かうのもタクシーを使うということになる。贅沢をしてしまったことが後ろめたい。誰かに「たまにはしょうがないよ」と言ってもらって自分を正当化したい。そんな気分。

その上、保育園を出たときからなにやら不機嫌。食事中も食後も、不機嫌でぷりぷり。そんな私を子供達はよく見ている。小太郎が、寝る前に「ママ、今日もいろいろごめんね・・・。」と謝ってきた。小太郎がそんなに謝ることをしたわけではないのに。私はいつも自分をそのまま出してしまう。笑うのも泣くのも隠さない。でもせめて不機嫌なことくらい隠す努力をした方がいいんだろうな。

私が不機嫌なことと、先週からjohanが東南アジアへ出張へ行っていることとは関係あるのかしら。メールも電話もできないことで、欲求不満でもたまったかな。子供以外に気持ちを持っていく場所がないことが要因かな。

今日、johanから国際電話があった。「早く帰ってきて~」と泣きついたら、「切実だねえ」だって。うん~、切実かなあ。

夕食後、みんなで洗濯物をたたんでいる時、小太郎が、「今日はいい日だよ。ママが笑顔だもん。笑顔のママじゃないと俺も笑顔になれないよ。」と言っていた。

ありがとう。私もあなた達が笑顔じゃなかったらつらいものね。笑顔のママでいるよう、心にもっとゆとりを持つようにするね。

| | コメント (0)

復職

本日から復帰です。

日常は何も変わらないのだけれど、これからはちゃんと労働の対価として報酬がもらえる。社会の援助でなく、自分のお給料で生活していける。
背筋が伸びる気がする。

後ろ姿の美しい女性になりたいと思う。

| | コメント (0)

あの日から

11月1日からの復職が決まった。
週が明けて、ようやく失職を想定したいろいろなシミュレーション(おおかた妄想)から解き放たれ落ち着いてきた。
あの日から3年半。3年半だ。
これから頑張って恩を返していかねば。それには私がもう二度と戻らないことだ。そしていつも感謝の気持ちを。

何があっても大丈夫。きっと大丈夫。

| | コメント (0)

新しい自分へ

昨日、産業医と面談。

その後、上司が人事に問い合わせたところとんとん拍子に話が進み、予定より早く復職が決定した。早ければ11月1日からの復帰となる。

・・・・一安心。

いや、実はもう半分ダメかと思っていたので、「転職=新しい自分への挑戦!!」という妄想でかなり盛り上がっていた私であった。とりあえず、そうはならなくて良かったのかな。私みたいな、子持ち・病気持ち・40近い年齢という三重苦の女に社会がそんなに甘いはずないものね。

「新しい自分への挑戦」というのは、常に言えることだ。いつでも新しい私に出会っていくのだから。

復職決定は夜、上司がメールで知らせてくれたのだが、私はその前からもう幸せで幸せでたまらなかった。復職できるか否かに関わらず、感謝の気持ちで胸がいっぱいだった。

私には大切な大切な子供達がいる。私を大切に大切に思ってくれるjohanがいる。私の周りにはいつも私を応援し、支えてくれる人たちばかり。なんてしあわせなの。

私もすべての人たちを応援できる人間になりたい。誰かのためになることが、きっと私をもしあわせにしてくれるのだ。

今日も明日もまた新しい自分と出会える。わくわくしちゃう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

いよい週5日出勤に

お盆明け20日の週から、週5日出勤に増やすことになった。慣れるまでにはまたしばらくかかるだろう。でもこれで「秋に復職」に一歩近づく。

子供たちは明日から、父親の実家の愛媛へ行ってくる。一週間。その後は二泊三日で学童のキャンブへ。私は仕事に行くよ。

病気になったことを恨めしく思うことは考えないようにしている。もう今更遅いもの。
今の私にできること、やらなくてはいけないことを、精一杯やるだけ。
…ほかにしようがないもの。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

波と上手に付き合う

いや、おかしいとは思っていた。
先週、特に後半、やたらハイだった私。とにかく喋りたくてたまらない。じっとしていることができない。
あ、なんかおかしい。もしかしてやばいかも…?
案の定、金曜の夜には疲れ果てて身動きできなくなっていた。やっとのことでお風呂に入り、johanにひとことメールを打つと、9時には寝てしまった。
明けて土曜日、疲れはとれない。ひどく蒸し暑い部屋で一日中ぐったり寝ていた。暑さが疲れを増長している気がする。夕方、前日から返事のひとつもくれないjohan(土曜も仕事)にふてくされてメールを打つ。
「お疲れさま。もう私なんて忘れちゃった?」
しばらくしてから返事が来た。
「どうしたの?昨晩電話したのに…?」
「えっ、いつ???」
「23時半に話したじゃん…。遅くてごめんね。覚えてないの?」
「全然覚えてない…。何話した?」
「明日祭りで神輿かつぐから、そっち行けないって…」
「あ…。そういえばそんなことを聞いた覚えがある(記憶の彼方だけど)。それって昨日?」
「そうだよ〜。」
まったくどういうことだろう。酔っ払ったわけでもないのに記憶がとぶなんて。
「ごめんね。」
「いいよ〜。」
昨日、日曜、やっぱり疲れがとれない。またぐったりと無益な一日を過ごす。子供たちは父親と遊びに出ている。johanは地元でお祭り。炎天下、お神輿をかついでいる。私はなんだかつまらない…。
今朝、目が覚めたらまだ身体は回復していなかった。なかなか起き上がることができない。結局、仕事に行けなかった。
私の予定では、お盆明けから週5日出勤にするつもりなのだが、これでは黄信号だ。
しかし、それにしても、たいした進歩ではないか。疲れて電話もできないほど眠りこけることができるのだから。4週間前から、睡眠剤もアモバン1錠に減らしている。たった1錠だ!こんなにも睡眠障害が回復してきているのだ。なんて有り難いことだろう。人間らしく眠れるなんて。
これからも調子の良し悪しはあるだろう。この体調の波は、完治するまで仕方のないことだ。今の私は波がやってきても落ち込むことはない。また必ず上がることがわかっているから。去年より今年、今年より来年、きっと良くなっていることがわかっているから。
この波を受け止め、上手に付き合って行くことが肝心だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

携帯電話の存在意義

今朝はだいぶ楽だった。来週は仕事に復活できるだろう。いやはや久しぶりのダウンだった。
今日もむしむしするなあ。ここのところ、汗をかくせいか顔が痒い。ボリボリ掻いていたら、そこここが赤くなってしまった。美肌には程遠い。私はこの歳になってもまだあせもができる。じわじわ汗は苦手だ。どうせかくのなら、だーーーっとかいて、シャワーでじゃーーーっと流したい。

ゆうべjohanに、しばらくはこちらからのメールはひかえる旨伝えた。我慢できるかしら。でも私はすぐに感情的になってしまうので、johanの思考の邪魔になるのではないかと思うのだ。今はただ待つのみ…。
johanとのメールのやりとりがなくなると、私の携帯電話は実用一点張りの色気のないものに変わる。そもそも携帯なんてそんなものなのかもしれない。元はと言えばそうだったっけ。
でもこうして日記を打っているんだから、今後は気持ちのはけ口として役立つかも。こんなだらだらした私のblog、誰か見てるのかしらん?
今のうちからjohanのいない生活に慣れておこう。やっぱりある日急にだとキツイからね〜。
私はこんな予防線をはる癖がすっかり身についてしまった。前の夫との生活で、いつ裏切られてもいいように常に心の裏で覚悟を決めておくという姑息な性格になってしまった。夫が悪いと言いたいのではない。こういうの、人間的にどうなのだろう?と思うのだ。なんだか私は寂しい人間になってないだろうか?
まあ、夫の場合とjohanでは、話が別物だけどさ。

johanは私とのメールがあろうがなかろうが、私に会わない生活に戻ろうが、痛くも痒くもないだろうから、こうして携帯相手に気をもんでるのもなんとなく虚しい。
この一週間、ずっと布団の上だったから余計なこと考えるんだな。今日は体が起こせそうだから、少しでも何かするとしよう。

携帯に縛られる生活なんてごめんだ。

| | コメント (0)

駄目な日の朝

どうにも悪い波に入ってしまったらしい。今週いっぱい休むことになった。
午後を過ぎてくると、だいぶ楽になるのだが、朝のこの感じは動きがとれない。
私は毎朝、5時45分に布団から出る。顔を洗って洗濯機を回し、保育園の準備。その後朝食を用意して子供たちと一緒に食べる。そして洗濯物干して、メイクをして、7時半には家を出て小三郎を保育園へ連れて行き、そこから1時間半の通勤。こんな流れだ。子供を持って働いている女性はだいたいこんなものではないかな。うちは子供たちが大きくなってきたのと始業時間が遅いのとで比較的楽かな。以前は不眠のおかげで朝が死ぬほど辛かった上に、朝のうちに夕食もすべて作っていたからもっと忙しかった。子供3人保育園だったし。
さて、この朝の一連が、調子の悪い時だとしょっちゅう床にしゃがみ込んだり倒れ込んだりしながらになるので、いつもの倍時間がかかる。しかも気力がない。「あ〜」「だめだぁ〜」「まいった〜」などと言いながらへたりこむ。
今朝は保育園への送りついでになんとかコンビニに寄って来た(この1週間買い物できなかったので、トイレットペーパーが切れそうだったのだ)。帰り道、何度も座り込みたくなったよ。やっとこ家にたどり着いて、荷物は全部放り出して布団に倒れ込んだ。体が地面にへばり付くよう。
今もそのまま布団の上で、携帯でこれを打っている。
調子悪い時布団でも開けるよう、ノートパソコンがあるといいね、とjohanが言っていた。

…johanか…。
私はついに本当にjohanを怒らせてしまったかも。
でももういいや。
ゆうべ、なにやら落ち込んでいる私をみて、子供たちがぴーちくぱーちく聞いてきた。
「ママ、どうしたの?」「どうしたの?」「どうしたの?」
「んー…、ママねえ、johanにもう来ないでいいって言っちゃったの…」
「えええっ!?なんで!?」「なんで!?」「なんで!?」
「だってjohanにはjohanの生活があるでしょ?ママ今まで頼りっぱなしだったから…。でも大丈夫。あなたたちいるから。」
だが私を気遣った小太郎が心配そうな顔で
「俺がママのかわりにごめんなさいってメールしてあげるよ。」
と言ってくれた。優しい小太郎。気持ちだけ有り難く受け取った。
しかし、その後来たjohanからのメールで、私はかなりひねくれてしまい、追い打ちをかけるように更にひどい返事を送ってしまった。さすがのjohanも怒っているだろうな。その後はうんともすんとも言ってこない。
でももう私はそろそろ決着をつけたい気分なのだ。
YESかNOか。
YESならしあわせ。(←ありえない…)
NOならしばらくさようなら。私が私らしくなってからまた会いましょう。ずっといい友達でいたいから。
どっちもなしなんて、ずるい。

時々、ほんの時々だけど、思う。病気になんかならなければ、もっと違う人生だったかもしれないのに…と。
まあ結局はこれが私の人生なのだから、潔く認めなければならないし、病を呼び込んだのは自分自身なので、文句言えた話ではないのだが。
病気になったことをもっと肯定的にとらえなければいけないな。人間的に成長した、とか。
まだまだとんだ未熟者だこと。

| | コメント (0)

卑屈になる・・・

卑屈になることが自分をおとしめるのだとわかっていても、止められない。

こんな姿、私ではないと思いたい。

私は強欲だろうか。

満たされぬ心のまま、今日も惰眠を貪る。

| | コメント (0)

今日はいい感じです

持ち直してきたみたいです。

昨日よりずっと体が動く。

今日は朝は7時起きとちょっとお寝坊だったけれど、ご飯作るのも苦じゃなかったし、お布団も干したし、片付けて掃除機もかけたし、子供のピアノのお稽古つけたし、色々できました。今日は携帯からでなく、ちゃんとPC開いて打ってます。アイロンもかけたいけど、まあ、あんまり突っ走るのはやめておこう。

体が動かない時は、「私って実は怠けているだけなのじゃないか。」と思いがちなのだけれど、実際動けるようになると、昨日までの自分は本当に動けなかったのだと実感する。

外からはうぐいすの声が響いてきます。

ゆるりゆるりとすごしましょう。

| | コメント (0)

雨のせい?

体調が…明らかによろしくない。
今朝も駄目だ。おかげで寝坊した。
雨のせい?いや、低気圧には負けなくなってきたのにな。
今日は買い物しなくちゃいけないのに、この分だと行けないな。まあいいや。なるようになるだろう。
多分、ここ半月ハイになっていたツケが回って来たのだろう。しばらく我慢すればまた持ち上がるはず。
問題は、来週に間に合うかどうかだ。せっかく良い調子できたのだから、来週は仕事休みたくないな。月曜までに復活するだろうか。
ま、こればっかりはまったく分かりましぇーん。
うだうだ言っていても仕方ないな。夕方までゆっくり過ごそう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今日は休むぞ

今朝も起きたら疲れていた。

うつの落ちた時とは違い、体調そのものは悪くないと思う。ただ、疲れがとれないのだ。日々蓄積されている気がする。

今日もいつも通り朝5時半に目覚めたが、それから起き出すのに時間がかかった。朝ごはんを用意はしたが、もうそれでいっぱいいっぱい。元気なく休み休み食べ終えた。
そのあとは、洗濯も保育園への送りも誰かやってくれ~、という感じ。
結局、今無理をして悪くなってしまうよりも、しっかり疲れをとって、体をリセットした方が良いと判断。今日は休むことにした。
今もぐだぐだ休みながら、布団の上でこれを打っている。
出勤日が一日増えたのと、シッターのSさんが骨折してお休みになったのが重なったことが要因か。
私がはしゃぎすぎたのが敗因か。

とりあえず明日も休ませてもらい、週末にかけてしっかり休息しよう。

| | コメント (0)

やっぱり

何も起こりませんでした。ちゃんちゃん。

| | コメント (0)

正直なひと

今日は通院日で仕事はお休み。
やっぱり朝疲れがとれていない。なので病院から帰って来てもごろごろ寝て過ごしている。しっかり明日からに備えねば。
でも部屋があまりにも散らかっていて、うんざりする。そのくせ気合いが入らないので、眺めているだけ。トイレだけは何とか掃除したけど、今日の私はそれで終わったね。
夕方には地域の防犯パトロールに出なくてはならない。体力温存、体力温存。

昨日、johanに
「もしまた私に会いたくなったら来て下さい。
そろそろ私もしっかりしなくてはね。今までjohanに頼りっきりだったもの。
大丈夫。」
と、メールを出した。
johanは正直なひとだから、こんなこと言ったら一生来ないかも…と思いながら書いたメール。
…大丈夫?
…たぶん大丈夫。

さっきjohanからメールが届いた。
「これから会える?」
予想外の展開に胸がドキドキする…。
いや、ドキドキしたところで何も起こらないないのは見えているのだけれど。

今、johanがこっちへ向かっている。
素直にやっぱり嬉しい。

| | コメント (0)

恋人未満

なんだか微妙に疲れがとれない。
まあ、動けないほどひどくないし、体調は良いと思う。なにより、夜の眠りがしっかりしている。夢も見ずにぐっすり。
うん?しっかり寝ているのに疲れがとれないのは問題ありなのか?

気持ちが少しブルーなのが影響しているのかも。

johanに
「私のことすき?」
と聞くと
「すきだよ」
と返ってくる。ほんのちょっぴり胸がキュッとなる。
でもjohanの「すき」にたいした意味はない。

友達以上恋人未満。

なんで私はそれで満足できないのだろう?
こんな風にぐだぐだ考えて、わがままを言うっていうことは、やっぱり私はjohanが好きなのかな。

いつの間にかjohanは私の中であまりにも大きな存在となっている。
johanのいない生活なんて考えられない。
それでもいつかはjohanなしでも生きていけるよう、強くならなくちゃいけないかな。
多分johanはそれを望んでいるんだろうな。

はーっ。私、子供みたい。

| | コメント (0)

微熱

2日間、何となく疲れててほとんど寝てすごしたけれど、まだ疲れが抜けない。

微熱。

週4日出勤になって2週間。
少し疲れがたまって来たかな。
慣れるまでの辛抱。

johanがビール飲んでるのを眺めながら、おしゃべりでもしたいな。
だめだなあ、私は。

| | コメント (0)

またしても

メールでjohanと喧嘩してしまった。
いや、喧嘩ではないな。私が一方的に、すねてひがんで文句言ってるだけだもの。
私はjohanに感謝こそすれ、文句を言える立場ではないのに。
johanは怒らない。私が否定してしまうことを、まるごと飲み込む。
johanといると時々思う。彼は歳は下だが別れた夫よりずっと大人だな、と。もちろん私よりも。
johanへのメールを我慢するのは、まるで喉に物を詰まらせているよう。ほんの些細な事でも話してきたから。もうメールなんかしないと思いながら、彼からのメールを待って、じっと携帯を眺めている。
ああ、私は愛情に焦がれているのだ。
それをjohanに求めるのは筋違いだと解っていながらひがんで八つ当たりしている。
こんな私、良くしてもらう資格、ない。

| | コメント (0)

当たり前だけど

睡眠剤ユーロジンをやめて2週間余り。
始めは不安定だったが、ここ一週間安定して非常に良い眠りが得られている。私の睡眠障害もかなり治って来たということか。「まだ安心するには早い」とjohanは言うのだけれど。

朝元気に起きて、日中体を動かすことができる。仕事もできて、夜は程よい疲れで眠りにつく。
こんな当たり前のことがうれしい。
すべて失っていたものだもの。

| | コメント (0)

今日から月曜出勤

土曜日の夜は、子供たちは別れた夫の所へお泊り。
仕事を終えてやってきたjohanがしゃぶしゃぶが食べたいと言うので、街に出た。しゃぶしゃぶなんて久しぶり!国産和牛霜降り食べ放題なんて頼んじゃった。おいしかった〜♪
終わった後は、妊娠5ヵ月くらいのおなかになってたね。
その後いろいろやってて、珍しく夜更かし。でもいざ寝ようとしたら眠れない。布団の中で外が明るくなってくるのを感じていた。
おかげで昨日はほとんど昼寝して過ごした。夜眠れないのに、昼間はぐーすか眠れるのはなぜだろう?
子供たちは昨日は田植え。夕方、真っ赤に日焼けして帰って来た。
夜になっても私はやたら眠い。結局、お風呂にも入らずに9時には寝てしまった。ゆっくり眠りたかったので、睡眠剤ユーロジンを服用。ぐっすり5時過ぎまで眠りました。
今週から月曜も出勤。3年前に比べたら、朝が格段に楽になっている。体調もいいし、今気を付けるのは夜の眠りだけだな。
それにしても、この週末、こんなに食っちゃ寝の生活してたのに、今朝体重測ったら1.5キロ減っていた。
…ありえない。
おかしいよ。体重計。

| | コメント (0)

今日から月曜出勤

土曜日の夜は、子供たちは別れた夫の所へお泊り。
仕事を終えてやってきたjohanがしゃぶしゃぶが食べたいと言うので、街に出た。しゃぶしゃぶなんて久しぶり!国産和牛霜降り食べ放題なんて頼んじゃった。おいしかった〜♪
終わった後は、妊娠5ヵ月くらいのおなかになってたね。
その後いろいろやってて、珍しく夜更かし。でもいざ寝ようとしたら眠れない。布団の中で外が明るくなってくるのを感じていた。
おかげで昨日はほとんど昼寝して過ごした。夜眠れないのに、昼間はぐーすか眠れるのはなぜだろう?
子供たちは昨日は田植え。夕方、真っ赤に日焼けして帰って来た。
夜になっても私はやたら眠い。結局、お風呂にも入らずに9時には寝てしまった。ゆっくり眠りたかったので、睡眠剤ユーロジンを服用。ぐっすり5時過ぎまで眠りました。
今週から月曜も出勤。3年前に比べたら、朝が格段に楽になっている。体調もいいし、今気を付けるのは夜の眠りだけだな。
それにしても、この週末、こんなに食っちゃ寝の生活してたのに、今朝体重測ったら1.5キロ減っていた。
…ありえない。
おかしいよ。体重計。

| | コメント (0)

思えば回復したもんだ

先週末からだいぶ眠りが良くなった。
疲れて床につき、割と深い眠りをキープできる。
でも夕べは寝付きが悪かったな。仕事の前日って、やっぱり気が張るのかな。
レキソタンを無くした時もそうだったけど、薬を減らして身体がそれに慣れるまで、少し時間がかかるようだ。

それにしても、思えば回復したもんだ。今は毎日の家事育児をこなし、お風呂だってちゃんと入ってる。歯も磨いてるし、顔も洗ってる。こうやって仕事にもでかけてる(今、電車の中です)。あの寝ているだけしかできなかった日々が遠くに感じる。

来週から出勤日が増える。
張り切り過ぎない程度にがんばる。…それが難しいんだけどさ。

| | コメント (0)

眠りが…

夕べも悪かった。
まず、寝付きが悪い。気が付くと12時にをまわっている。
それから、眠りが浅い。
そして、やたら朝早く目覚める。
今朝は時計の4時と5時を見間違えて、起きようとしてしまった。

おかげで今日は目が腫れて充血している。昨日は寝不足による頭痛があった。今日もあるかも。

まあ、まだ二日目。もう少し粘ってみよう。

| | コメント (0)

Sさんの骨折

先週木曜は大雨だった。

私を手伝いにきてくださっているシッターのSさんは、いつもと同じように、元気にお別れして帰って行った。

それから15分ほどたっただろうか。Sさんから電話。

「今、マンションの階段で傘を開こうとしたらね、カクンとなって、4段ほど落ちてしまったんですよ。それで、足の感覚がなくなってきちゃって、動けないの。」

大慌てで小太郎とかけつけた。

駐車場へと通じる階段のいちばん下、明かりもほとんど届かない暗がりで、半分雨に濡れながらSさんが座り込んでいた。

「大丈夫ですか!?」

「なんだかしびれてきちゃって、動かなくて、どうしようもなくて・・・」

救急車を呼ぼうと思ったが、タクシーで良いと言う。それほどひどく痛みがある様子には見えなかったので、捻挫ではないかと思った。私も以前、似たような状況でひどい捻挫をしたことがある。

すぐにタクシーを手配。運転手さんと私とに両側から支えられ、けんけん足で乗り込み、小太郎と私に笑顔で手を振って出て行った。

そして夜10時過ぎ、電話連絡。

「あのね、レントゲンとってみたら、骨折してたんですよ。全治1ヶ月ですって。だから、しばらくは行って差し上げられないことになりました・・・。」

なんてこと!どんなに痛かったことだろう。多分暗い雨の中、しばらくひとりで痛みでうずくまっていたに違いない。

翌日の夜、Sさん宅へ様子を伺いに電話をした。ご主人が出られた。

「骨が折れただけでなく、ずれちゃってるんですよ。それで、火曜日に手術をすることになりました。」

ああ、なんてこと!!私は言葉を失った。

全治一ヶ月なんてものではない。手術にリハビリに・・・数ヶ月はかかるだろう。あんなに元気で明るいSさんが。・・・なんてこと!

今夜ふたたび電話した。手術は無事に終わったそうだ。

私に何ができるだろう。子供達に手紙を書かせよう。病院へお見舞いには行けるだろうか。落ち着かれるのはいつになるだろうか。ご家族はどんなに心配されただろうか。

心が惑う。

Sさんが来られなくなったことで、今週はひとりで家事育児全般すべてをこなしている。体調が良くてよかった。これを機に、というのは変な言い方だが、自分でできる限りのことをやってみようと思う。もしもきついようだったら、遠慮なく両親に助けを求めよう。

今月末からは、出勤日が増える。これまでの時間を無駄にしないよう、周囲の人々に返って迷惑にならないよう、子供達をしっかり包めるよう、Sさんに心配をかけないよう、いっそう自分を大切にしなければ。

| | コメント (0)

浅い眠り

眠剤ユーロジンを夕べは飲まずに寝た。導眠剤と安定剤のみ。
浅い眠りで、夜中と明け方、何度も目が覚めた。昨日お昼寝したせいかな。
仕事で身体が疲れたら、今夜は良い眠りが得られるかな。
まあ、しばらく試してみよう。どうしても駄目なら、また飲めばいいだけのこと。

浅い眠りの中で、ずっと夢を見ていた。この長い夢でわかったことは、私はSMAPよりもV6が好きだということだ。どうでもいいことだけどさ。

| | コメント (0)

病院ばっかり

今日は神経科へ。

今週は、月曜婦人科、火曜内科、水曜神経科と三連ちゃん。連休前は、これに加えて子供達の小児科と眼科。ここんとこ病院ばっかり行ってる。もう。

さて、今日の主治医との話で、出勤日もう一日増やして良いとの許可がでました。

このごろ、とても調子が良いです。というか、落ちることがなくなりました。(精神的にまいることはたま~にあるけれど・・・)

それから日中も眠いことが多いので、眠剤のユーロジンをなくしてみることになりました。さあ、これで夜ちゃんと眠れればばんばんざい。

順調、順調です。

| | コメント (0)

抱きしめてくれる人

夕べ、私の状態を案じたjohanが、夜中12時に所用を終えて駆けつけてくれた。
やってくるなりすぐに抱きしめてもらう。私は子供と一緒。抱きしめてもらうことでとても心が落ち着く。こんな時に抱きしめてくれる人がいるというのは、なんて有り難いことだろう。
2時半まで話を聞いてもらい、そのまま朝まで添い寝してもらった。そして彼は6時半には仕事に出て行った。今頃さぞかし眠いことだろう。

今日は、婦人科に検査結果を聞きに行き、帰りに久しぶりに美容院へ。リラックスして良い気晴らしにもなった。パーマかけながら寝ちゃったよ。

今朝は小三郎が珍しく保育園へ行きたくないと暗い顔。珍しいというか、初めてではないだろうか。送り届けた別れ際、ひよひよと涙を流した。ついもらい泣きしそうになる。今日は早くお迎えに行ってあげよう。

いろいろあるけれど、私には抱きしめる子供も、抱きしめてくれる人もいる。なんて幸せなこと。

今日の私は元気です。

| | コメント (0)

私のところ

私のところに帰って来て

私の話を聞いてくれる人が

誰もいない

普通なのかな

こんなこと

| | コメント (0)

子供の気持ち

今朝、父親の所へ泊まりに行っている小太郎から電話。
「今日の親睦会Kちゃんも行っていいかって」
「Kちゃん行くんならママ行かない」
「Kちゃんとも行きたいけどママとも行きたい…」
「ママおうちでゆっくりしてるから、Kちゃんと行っておいで」

また子供を惑わすようなことをして!

なぜ、再三返事もよこさず、「行かない」と言っていたのに、当日の朝になって「やっぱり行きたい」などと言い出すのか。

信頼しあい、支えあう父母を見ることのできない子供達の心はどう育って行くのだろう。
小太郎はほんのたまにつぶやくことがある。
「オレ、離婚して欲しくなかったよ」

子供達に皺寄せだけはするまいと思っているのに。

子供の気持ちを考えるならば、彼等の父親と顔を合わせることくらい我慢するべきなのかもしれない。

今日もひとりで一日うじうじと過ごしてしまいそう。

| | コメント (0)

傷ついたのは

今日は学童の親睦会がある。

我が家の子供達が通う学童保育所は、保護者主体で運営されている。そこで、かく保護者は係りを分担し合うのだが、なぜかこれに関しては別れた夫がずっとやりたがっているので、そのまままかせて私はノータッチとすることに決めている。

今日の親睦会についても、学童の方から出欠の確認を求められていたので、夫に再三メールで返事を催促していたが、いっこうに返ってこない。昨日、ついに

「親睦会、どうするんですか。いい加減返事ください。」

とちょっと強く出てしまったら、帰ってきた返事がこれ。

「出てください。出られなきゃこっちがでます。」

なによこれ。さんざん待たせておいて、もうちょっと言い方があるでしょうに。かなり頭にきてぷんぷんしてしまった。

学童に電話を入れる。

「明日の親睦会ですけれど、大人1名、子供2名、幼児1名参加です。」

そうしたら、こう聞かれた。

「大人はどっちが出るの?パパ?ママ?」

その瞬間、私の中で何かが爆発しそうになった。

私はあの人と、「パパ、ママ」などとひとくくりにされたくない!(実際はそうなのだとしても)

内心を吐露してしまえば、私はあの人と夫婦と思われることがとても嫌だ。あの人と一緒にいる所を人に見られるのも嫌だ。あの人と顔を合わせるのも嫌だ。お互い不機嫌になるもの。

私は未だにあの人の傷をふさぎきれていないのか。

イライラする気持ちを抑えるよう、小三郎に「ぎゅーしてトントン」してもらった。5歳児にそんな事をさせる親なんているのだろうか。

「あーやだもうやだやだやだやだやだ」

と言っている私に、子供達は、どうしたの?と聞いてくるが、言うわけにもいかない。大の字に寝転がって、

「あー今夜はどっか食べに行こうか!ぱーっと!」

と言うと、彼らは大喜び。そうだ。ぱーっと気晴らしをしよう。と思っていたら、小太郎が別れた夫へ電話をかけ始めた。土日にはたいてい、彼と会って遊んでいるのだ。私がそれを止める理由もない。子供達が父親に会うのを妨げる権利などないと思っている。

だが、時折私は無性に聞きたくなる。

「あなた達は、父と、母と、どっちが好きなの?」

と。なんという残酷な質問。喉まで出かかるが、必死におさえる。小次郎、小三郎はともかく、小太郎にこんな問いをしたら、どんなに傷つくことだろう。

だが昨日は電話をしている小太郎を見ていたら、そんな気持ちに押さえが利かなくなってしまった。

「もう、晩ご飯はKちゃん(父親のこと)と一緒に食べておいでよ。ママはひとりで食べるからさ・・・・。」

ああ、なんて大人気ない!すねているだけではないか。

小太郎はこの言葉を別の意味に取った。

「ママ、ひとりで食べたいんだってさ・・・」

電話の向こうとなにやらやり取りしている。そして受話器を放して私に聞いてきた。

「なんでひとりで食べたいの、だって。」

私は答える。

「そんなこと言ってないよ。」

小太郎は電話に向かって再び話し始める。

「そんなこと言ってないって。・・・。うん。オレが聞き間違えたのかも・・・。」

ああ、だめな私。9歳の子供に気を遣わせて。

結局夕べは父親の家へ泊まりに行くことになった。

私は小太郎に言った。

「小太郎。ママはひとりになりたいなんて思ったこと一度もないよ。いっつもあなた達といっしょにいたいよ。誤解しないでね。」

すると小太郎は、家を出るまでに何度も何度も謝ってきた。

「ごめんね。ごめんね。ごめんね。誤解しちゃってごめんね。」

私は小太郎を抱きしめ、家から送り出した。

誰もいない部屋で涙を流した。ひとりでいるのがつらかった。

johanに話を聞いてもらいたかったが、用事があってできなかった。

子供を傷つけて、気を遣わせて、結局傷ついたのは・・・私だ。

| | コメント (0)

点滴(入院記つづき)

最初に刺されたのは、手の甲だった。

とても痛かったが、それ以上に腸の痛みがひどく、利き腕の手の甲に刺されたことの不便さなど思いも及ばなかった。

身体は末端へ行くほど痛いのだという。だから、腕よりも手首、手首よりも手の甲の方が痛いのだ。

点滴液が落ち切ってしまうと、入射部分の血液が凝固してしまい、次に液を入れようとしても入らなくなる。なので点滴液はなくなる前にささっと取り替えねばならない。が、看護士さんは結構それを忘れるのだ。たくさんの患者を抱えているのだから仕方ないのだろうか。血液が凝固してしまうと、看護士はそれを溶かす薬らしきものを点滴管につなぎ、なにやらうにうにと押し込んでくる。これが結構痛い。

「痛、痛、痛・・・・」

とやっても入らないとなると

「うーん。もれちゃったねえ。刺しなおしてもらいましょう。」

となる。点滴の針は必ず医師が刺す。採血などは看護士がやるのにな。同じような医療行為に見えるけど、実は違うのかな。

CTスキャン検査時の点滴騒ぎのおかげで、右ひじの内側に針を刺されてしまった私。とにかく何をするのにもやっかい。肘をまげてしまうと点滴が落ちなくなるので、いつも気をつけて腕をのばしておく。そもそも肘を曲げると、針部分がやっぱり痛い気がするし。もう刺されるのはいやだーいやだーと思っていたけれど、仕方がないので刺しなおしてもらうことにした。

入院8日目(4/5)。看護士にその旨伝えると、それじゃあ先生に言っておきます、とのこと。あ~憂鬱。

ところが、しばらくすると看護士がやってきて言った。

「もうお食事も始まったことだし、点滴はずしていいって。」

えええーーっほんとに!? きゃーうれしい!

看護士は、一週間ともにすごした点滴をすぐさまはずしてくれ、がらがらと持ち去っていった。

その後の生活のなんと身軽なこと!点滴がいかに自分を束縛していたか、その時初めて分った。食事も、トイレに行くのも、ベッドで寝るのも、思いのまま。

あまりの嬉しさに、病棟内を散策しようと部屋からてくてく歩いて出たが、15メートルも行かないうちに断念して引き返した。まだお腹が痛くてとても歩けない。前かがみに腹をおさえながらよれよれベッドに戻る。痛みはじめてからかれこれ2週間にもなろうというのに、復調しない体にいい加減うんざりしてきた。

テレビなどで、抗がん剤の点滴を押しながらすごしている小児病棟の子供達の姿を見ることがある。かれらの腕にはいくつもの点滴の針のあとがあるのだという。そしていつ終わるともしれない治療・・・。

たかだか一週間で辟易しているわが身の弱さを少し恥ずかしく思うのだった。

| | コメント (0)

ふたたびCTスキャン

腸炎が全快しているのかどうか、よくわからない。

時折右下腹が痛む。というか違和感があるような・・・。

もうおしまいにしたいのにな。

今日は、CTスキャン再検査。

また造影剤を注入して、ウィーンとやってきました。

そしたら会計で9710円も請求されて、どびっくり。

たまたま万札持っていたからいいようなものの、こんなに高いの何度もやれないよ!

本気でもう終わりにしたいと思いました。

| | コメント (0)

病気になってわかったことひとつ

連休中、子供達を連れて、姉の家へ。

姉には5歳と、10ヶ月の2人の息子がいる。

赤ちゃんを見ていると、またまた赤ちゃん欲しい病に拍車がかかる私。

私の離婚までの話を、今更だけど少々(多少?)暴露した。

姉は信じられないという様子で

「人間のくずだね!!」

と言った。

そこまで言わなくても・・・と思った私はお人よし?

でも話しながら自分の手の震えに気付く。

まだ傷は癒えてない?そんなことはないと思うのだけれど。

話をして思う。私はもっと愚痴を言えばよかったのだと。

もう私は見栄をはらない。

強がらない。

寂しい時には寂しいと言い、弱いときには弱っていると言う。

滅入っている時にはだれかに愚痴をこぼそう。

当たり前のことなのに、私はそんな当たり前のことができていなかったのだ。

これも病気になってやっとわかったこと。

| | コメント (0)

CTスキャン検査

入院7日目の4月4日にCTスキャン検査あり。

CTスキャン自体は、入院当日にすでに一度経験している。筒型のがっしりした機械に入るのかと思ったら、近未来型の、ランプのついた大きなドーナツの中を、カヌーに乗って、バンザイして、ウィーンと往復するといったものだった。東芝製。

今回は腹を輪切りにした映像だけでなく、造影剤を投与して撮影するのだ。

この造影剤、ヨード造影剤というものだが、昆布の主成分であるヨードを主成分とした無色透明の液体である。これを、点滴の横から突っ込んで、血液中に流し込むのだ。すると、このヨードがX線に映し出され、血管や臓器の状態が把握できる。なんとも不思議だし、よくまあこんなことを考えた人がいるものだと感心した。

まず、左手首の点滴管に横から差し込んでみる。しかし、点滴の状態があまりよくないため(点滴針付近はしこりになって痛みがあった)、痛くて痛くてとても入らない。仕方がないので、点滴の針を刺し替えることとなる。(この日この時点で針は3度刺し替えられていたのだが・・・)。右手は利き腕なので、左手に刺そうとするが、なかなか血管が浮き出てこない。医師は点滴針が刺さったままの腕をたたいたりこすったり。

ばしばし!ばしばし!こすこすこすこす。ばしばし!ばし!

いで、いでで、いで、いでで、いででででで・・・・・

痛いんですけど!

「ダメですねえ。腕全体がもうむくんじゃってる。仕方ないから右腕に刺しましょう。」

だがしかし、私の血管は右腕にも現れてくれない。医師は見えない血管に針を刺す。

痛。

そして看護士と無言で作業を続ける。私はカヌーに乗っているので腕で何が行われているのか見えない。でもなんとなく雰囲気が悪い。

私  「ダメでしたか。」

医師 「ダメでした。」

針が血管に入らなかったのだ。また別の場所を探す。今度は腕の脇に。

痛痛痛。

そしてまた無言の作業。鋭敏になっている私の感覚は、再び嫌な気配を察知した。

「・・・・ダメでしたか。」

「・・・・ダメでした。」

いい加減にしてくれよと言いたいけれど、血管の浮き出ない私の腕が悪いのだから文句も言えない。

「しょうがない。肘の内側に刺しましょう。ここなら必ず入りますから。腕を曲げる時に不便かもしれないけれど、そしたらまた刺しなおしてもらってください。」

えええええ~っ。また刺しなおすの~っ? もうやだよ~・・・。

自分の腕をうらみつつ、従うしかないかわいそうな私。手に汗握りながら、また針が刺し込まれるのに備える。

痛痛痛痛。あ~もう痛いなあ。

やっと入りました。そして造影剤を投入する。すると、身体が下からお腹、胸、口内と順番にカーッと熱くなってくる。血液というものはこんな速いスピードで身体の中を巡っているのか、とちょっと驚きだった。

バンザイしてウィーン・・・。

やっと終わった。点滴騒ぎのおかげで、なにやらすっかり疲れてしまい、部屋に戻った後はベッドでぐったりしていた。針を刺されるというのは、何度やられても慣れない。

そんな時に、両親が子供達をつれてやって来た。

小太郎(小4)は、来るなりついと窓により、ガラスに顔をつけたまま私を見ようともしない。最初は何か落ち込んでいるのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。短時間の面会の後、帰るときになってひとこと

「あーあ。時間ってすぐにすぎちゃうな。」

とつぶやき、私ときゅっと握手をして帰って行った。どうやら、甘えたくても甘えられなかったらしい。そういえば、腹痛が始まって以来子供達とろくに触れ合っていない。退院したら思いっきり甘えさせてあげるのだ。むふふふ。

明日(5日)からは学校が始まる。去年は小次郎は入学式だったっけ。

窓の外には、病院前の桜並木から流れてくる桜吹雪が舞っていた。

| | コメント (0)

となりは何をする人ぞ

Photo_8 4人部屋といっても個室並みのスペースをカーテンで仕切ってあるというもの。よくあるベッドの周りだけを囲ってあるタイプではない。十分にプライバシーは確保されていた。

が、仕切ってあるのはカーテン。音はお互い筒抜け。

入院当初、隣りのベッドの人は、足を骨折し、手術を受けたばかりの老婦人だった。トイレや食事、リハビリ等、大変そうな様子が伺えた。彼女は耳が少し悪いらしく、看護士さんたちはかなりの大声で話す。おかげでだいぶ病状を把握してしまった。夜中でも2、3回トイレ作業があり、そのたびに大騒ぎ。看護士という仕事は、肉体労働であり、たいそうな忍耐が必要だとつくづく感心してしまった。

同部屋だと見舞い客と患者の会話もよく聞こえる。無意識に聞きながらつっこんでいる自分がいた。

「入院って本当につまんないわよね~。」

「食事しかないもんね~。」

(私にはその食事すらないのよっ。)

「あっ、ハト!」

「へえええ。ハトも桜の木にとまるんだ~・・・・。」

(?????????)

糖尿の人も多く、食事の度に血糖値を測り、インスリンをうつ。

「はい、チクッとしますよ~」

食事のたびにチクッとされてはたまらない。糖尿病には気をつけようと心に決めた。

 

痛みに耐えかねて、声をもらしてしまうのは大変だなあと思う。(自分もそうだったから)

夜中のトイレも、いびきも仕方のないことと思う。

でも、鼻歌だけはがまんならない。

トイレットペーパーを三角に折られるのも嫌いだ。

| | コメント (0)

食べたくて食べたくて

Photo_7 まだ歩くとお腹にひびくものの、痛みがおさまり始めて2日もたつと、猛烈に食に対する意欲が湧いてきた。物を食べなくなって、かれこれ10日になる。心なしか、足が細くなってきたような気がする。(←ちょっと嬉しい。)

食事の時間になると、同室の人達の食べる気配が伝わって来る。看護士の声が聞こえる。

「今日はてんぷらに茶碗蒸しですよ~。」

なんだとーーーっ。もう、匂いがたまらない。

それにしても、なんとテレビの中は食べ物の情報で溢れかえっていること!番組もCMも食べ物だらけ。

虚しいと分かっていながらjohanにメールをおくる。
「ピザ食べたい」「お寿司食べたい」「トルティーヤ食べたい」「餃子食べたい」「焼肉食べたい」等々・・・・。

そんな日々をおくっていた入院7日目、4月4日。朝から採血、尿検査、CTスキャンなど実施。

結果、良好なので、ついにその日の夜から食事を開始することになった。ばんざーい。もう嬉しくて嬉しくて。

久々の食事は、後で述べるがその日点滴の針を肘の内側に刺し替えたことが気になり、楽しさはやや減だったが、ゆっくりゆっくり味わった。病院食にしてはやや濃いめの味付け。咀嚼運動がものすごく新鮮でびっくり。

食べ終わって早速johanにメール。

「五分粥だったよ。
 おかずもちょっぴりずつ3つもあったよ。
 ジュースもついてたよ。
 でもたべきれなくておかゆ半分残しちゃった。
 咀嚼したの久しぶりだよ。
 お腹、大丈夫だといいな。
 明日の朝ごはん楽しみ。」

johanからの返事。

「子供の文章(笑)
 とにかく良かったね。
 回復に期待!」

・・・・・・うーーーむ。そういえば小次郎がこういう文章を書いていたな。

己は始めて給食を食べた子供か、とちょっと恥ずかしくなった夜だった。

| | コメント (0)

入院

Photo_6 とりあえず携帯電話で関係各所に入院することを連絡。

春休みの子供達は実家に連れて行ってもらうことになった。

その後入院手続きに入るが、痛みのため身体をよじらせている私をみかねたのか、受付の人がほとんど代筆してくれた。

点滴をうけながら車椅子で病室へ。4人部屋、一日消費税込み3150円也。

ベッドに移っても痛みでひしゃげている私。

それからは絶食(うつの薬だけ許可)、24時間栄養剤点滴、朝夕抗生剤点滴の生活に。

痛み止めの点滴もしてくれたが、これがまたブスコバン。思わず看護士さんにつぶやく。

「ブスコバンですか。あの効かないやつ。」

看護士さん、苦笑い。

「まあ、ないよりはマシってことですね。」

ああ、ほらやっぱり効かないじゃないの!

でもここは病院。もう我慢も遠慮もしないのよ。夜中でもナースコールで助けを求める。

「お願いします。痛み止めを・・・・!」

ようやく、ブスコバンよりもかなり強めの痛み止めを点滴してくれた。

動くのは部屋の入り口に設置されたトイレに行く時だけ。H医師も看護士も「尿器もってきましょうか?」と言ってくれたが、そこは最後の砦と思い、よろめきながら頑張った。

そんな風にして2日たった31日土曜の昼ごろになって、ようやく痛みが少し落ち着いてきた。

本当に疲れる一週間だった。

    (写真は病床からの風景)

| | コメント (0)

急性腸炎

3月23日(金)夜10時ごろから、シクシクとお腹が痛み始めた。

痛みはどんどん強くなっていき、眠ることができない。

翌土曜の明け方には身動きすらできない状態になっていた。

腸全体が雑巾のごとく、ぎゅーっと思い切り絞られているよう。

朝6時過ぎに枕もとの携帯で、実家にSOSを発信。

朝ご飯は小太郎に頼んで、納豆を子供3人勝手に食べてもらう。

その頃から、嘔吐と下痢。

8時ごろ実家から父が到着。

私を一目見て「顔面蒼白。よほど痛いんだな。」と思ったそうだ。

とにかく痛くて動けない。

病院へ行けと言われても、病院で受付やらなにやらできる自信がない。

「ひとりでいくの~・・・・・?」

と子供のように情けない声を出す私に、父は結局付き添ってくれた。

病院で長い長い待ち時間の後ようやく診察。

問診やら触診やらの後、別室で注射を打たれ、寝かされた。

その間、診察室では子供がひきつけをおこしたとかで大騒ぎになっていたが、私は痛みのあまり気にかける余裕などなかった。

30分ほどして医師がやってきてまた触診。

「ウィルス性の急性腸炎ですね。腸を止める薬だしときますから。」

会計も薬をもらうのも父にまかせて、あるいて5分の距離をタクシーで帰宅。そのまま布団へ倒れこむ。

腸の動きを止めて痛みをおさえるというブスコバンなる薬を飲むが、まったく効かない。

腸が圧迫されると痛いので、仰向けにもうつ伏せにも寝られない。

ただ横向きに寝て、痛みの一番少ない部分を探す。横向きになっても、自分の腸自身の重みと、お腹の肉の重みで圧迫されて痛む。私の腹はこんなに重いものなのかと痛感した。せめてもっと痩せていれば・・・・・。

こんなにつらい思いはお産以来だと、試しに「ヒ・ヒ・フー」とやってみたが、何の役にも立たなかった。

あまりに痛むので、神経科で処方されていたロキソニンという鎮痛剤を勝手に飲む。これが効いてくれたのか、気持ち楽になった。

翌日曜も痛みと戦いながら一日寝て過ごす。

痛みが治まらないので、月曜に別の病院へ再度診察へ行く。

腹部X線写真など撮ったが以上なしということで、返される。処方された薬はまたもブスコバンだった。仕方ないので、ブスコバンとロキソニンを併用しながら一日を乗り切る。

夜は悶絶しているので、もう3日ほとんど眠っていない。食べることなどもちろんできない。

ふと自分の顔がやかんのように熱くなっているのに気付き、熱を計ってみたら39度3分だった。

火曜日の朝から生理が始まり、まさにふんだりけったり。

水曜、神経科の診療日。ロキソニンで痛みをごまかしながら、タクシーで病院へ。

「腸炎になってしまいました。」

痛みで引きつりながら主治医に言った。私の予定では、この日に出勤日を一日増やす許可をもらうつもりだった。

「どうでしょう。出勤日、一日増やしたいんですけど・・・・」

「ふふふふ~。腸炎が治ってからね~。」

あ~、こんなところで足踏みしている場合じゃないのに!

主治医からはブスコバンを処方されているならロキソニンは飲むなと言われた。

ロキソニンを飲まないとなると、痛みはもうとどまる所を知らない。ただただ布団の上でぐったり。痛みで身体を伸ばすことができないので、トイレに行く時も前かがみで壁をつたいながら。熱も一向におさまらない。

この数日間、毎朝早くから父がやってきてくれ、子供達の面倒をみてくれた。

そして、この痛みはやっぱりどう考えてもおかしい。と、私も父も思った。

29日木曜、再度病院へ。

痛みと熱のことを伝えると、今度はX線のほか、血液検査、尿検査、腹部CTスキャン検査を行った。この際、すべて車椅子に乗って移動。初体験だったが、こんなにありがたいものはないと思った。

検査の結果、炎症を示す値が非常に高いことが判明。白血球など天井を突き抜けそうな数値だったようだ。

「入院ですね。とにかく腸の動きを止めて、抗生剤をいれていくしか痛みを止める方法はありません。」

とH医師。

お財布と携帯電話をもっただけ、着の身着のままそのまま即入院ということになった。

(つづく)

| | コメント (0)

入院してました

なんということでしょう。

急性腸炎で2週間も入院してました。

やっと今日退院です。

まだ身体が本調子でないので、しばらくは養生せねば。

子供達がもうすぐ帰ってきます。

実家の母がずっと泊り込みで面倒を見てくれていました。

家族のありがたさをひしひしと感じた2週間でした。

| | コメント (0)

倒れる前は

最近好調が続いている。

考えてみればずい分良くなったものだなあ、と

我ながら感心してしまう。

あの頃の私は、ひとりで必死だった。

細い糸の上を綱渡りしているようなものだった。

毎日を乗り越えることが精一杯だった。

心に大きな傷をかかえて。

そして、糸は切れてしまった。

今、私は、病気の枝が治療されて、いきいきと芽吹きつつある。

心の負担もなく、ただ切れた糸がまた紡がれるのを待つだけ。

早く早くとせく気持ちもあるけれど

この時間を与えられたことにも意味があるのだと信じて・・・

ゆるりゆるりと漂ってみよう

| | コメント (0)

ひとこと

ゆうべ、別れた夫からメール。

ひとこと

「お誕生日おめでとう。」

と。

もうそんなこと言ってもらう義理はないんだけど

なんて思ってしまう自分が薄情だな、と思ったりして。

今朝、返信した。

ひとこと

「ありがとうございました。」

と。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今日は診察日

私は現在、うつ病により傷病休職中だけれど、

休職扱いで復職へむけてのテスト出勤を続けている。

実は子供3人かかえて一年半前に離婚してしまったので

なんとしても復職せねばならない。

今は週3日の短時間勤務。

今日は、最近調子が良いので出勤日を増やしたい、

と主治医に相談に行ったのだけれど、

「まだ早い。慌てるな。」

と言われてしまった。う~む。

やるきまんまんで行ったんだけどなあ。

もうしばらくおあずけです。

小太郎(小3)が昨日から学級閉鎖で休んでいる。

インフルエンザだって。

小太郎の元気さを見ていると、想像もつかないことだけど。

夕べも、3兄弟そろって

「ぜんぜん、ぜんまい♪まわるか~ぎり♪この世をうんと楽しもう!♪」

と歌いながら、部屋中を行進して回っていた。

30分間も!

・・・・ま、元気で幸せでなにより。

| | コメント (0)

その他のカテゴリー

ちび太郎語録 | 心と体 | 私のしあわせ | 趣味 | 雑録