3月23日(金)夜10時ごろから、シクシクとお腹が痛み始めた。
痛みはどんどん強くなっていき、眠ることができない。
翌土曜の明け方には身動きすらできない状態になっていた。
腸全体が雑巾のごとく、ぎゅーっと思い切り絞られているよう。
朝6時過ぎに枕もとの携帯で、実家にSOSを発信。
朝ご飯は小太郎に頼んで、納豆を子供3人勝手に食べてもらう。
その頃から、嘔吐と下痢。
8時ごろ実家から父が到着。
私を一目見て「顔面蒼白。よほど痛いんだな。」と思ったそうだ。
とにかく痛くて動けない。
病院へ行けと言われても、病院で受付やらなにやらできる自信がない。
「ひとりでいくの~・・・・・?」
と子供のように情けない声を出す私に、父は結局付き添ってくれた。
病院で長い長い待ち時間の後ようやく診察。
問診やら触診やらの後、別室で注射を打たれ、寝かされた。
その間、診察室では子供がひきつけをおこしたとかで大騒ぎになっていたが、私は痛みのあまり気にかける余裕などなかった。
30分ほどして医師がやってきてまた触診。
「ウィルス性の急性腸炎ですね。腸を止める薬だしときますから。」
会計も薬をもらうのも父にまかせて、あるいて5分の距離をタクシーで帰宅。そのまま布団へ倒れこむ。
腸の動きを止めて痛みをおさえるというブスコバンなる薬を飲むが、まったく効かない。
腸が圧迫されると痛いので、仰向けにもうつ伏せにも寝られない。
ただ横向きに寝て、痛みの一番少ない部分を探す。横向きになっても、自分の腸自身の重みと、お腹の肉の重みで圧迫されて痛む。私の腹はこんなに重いものなのかと痛感した。せめてもっと痩せていれば・・・・・。
こんなにつらい思いはお産以来だと、試しに「ヒ・ヒ・フー」とやってみたが、何の役にも立たなかった。
あまりに痛むので、神経科で処方されていたロキソニンという鎮痛剤を勝手に飲む。これが効いてくれたのか、気持ち楽になった。
翌日曜も痛みと戦いながら一日寝て過ごす。
痛みが治まらないので、月曜に別の病院へ再度診察へ行く。
腹部X線写真など撮ったが以上なしということで、返される。処方された薬はまたもブスコバンだった。仕方ないので、ブスコバンとロキソニンを併用しながら一日を乗り切る。
夜は悶絶しているので、もう3日ほとんど眠っていない。食べることなどもちろんできない。
ふと自分の顔がやかんのように熱くなっているのに気付き、熱を計ってみたら39度3分だった。
火曜日の朝から生理が始まり、まさにふんだりけったり。
水曜、神経科の診療日。ロキソニンで痛みをごまかしながら、タクシーで病院へ。
「腸炎になってしまいました。」
痛みで引きつりながら主治医に言った。私の予定では、この日に出勤日を一日増やす許可をもらうつもりだった。
「どうでしょう。出勤日、一日増やしたいんですけど・・・・」
「ふふふふ~。腸炎が治ってからね~。」
あ~、こんなところで足踏みしている場合じゃないのに!
主治医からはブスコバンを処方されているならロキソニンは飲むなと言われた。
ロキソニンを飲まないとなると、痛みはもうとどまる所を知らない。ただただ布団の上でぐったり。痛みで身体を伸ばすことができないので、トイレに行く時も前かがみで壁をつたいながら。熱も一向におさまらない。
この数日間、毎朝早くから父がやってきてくれ、子供達の面倒をみてくれた。
そして、この痛みはやっぱりどう考えてもおかしい。と、私も父も思った。
29日木曜、再度病院へ。
痛みと熱のことを伝えると、今度はX線のほか、血液検査、尿検査、腹部CTスキャン検査を行った。この際、すべて車椅子に乗って移動。初体験だったが、こんなにありがたいものはないと思った。
検査の結果、炎症を示す値が非常に高いことが判明。白血球など天井を突き抜けそうな数値だったようだ。
「入院ですね。とにかく腸の動きを止めて、抗生剤をいれていくしか痛みを止める方法はありません。」
とH医師。
お財布と携帯電話をもっただけ、着の身着のままそのまま即入院ということになった。
(つづく)
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