« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

「寛解」とはいうものの

多分主治医は、私の退職が確定したので「OK」としたのだろう。
もしも復職となれば、そう簡単に行くわけがない。
もう以前の私とは違うので、精神的疲労は軽減されるだろうが、体力的にはまだまだだもの。
かなり長くフォローする必要があっただろう。
薬だって、復活しないわけにいかないかもしれない。

ひとつ主張しておきたいこと。
退職を決意したから、急激に回復したわけではない。
自分を探し、自分の幸せとは何かを考え始め、私はどう生きたいのか、気付きの結果、退職を選択したのだ。
逆の道のりではない。
だから、仕事を続けながらの寛解も当然あるわけだ。
ひとにはひとそれぞれの道すじ。
長い「うつ」の、私と同じ所へはまってしまっている人、みんなきっとそれぞれの「その日」は必ずやって来る。
私はそう信じているし、皆にも疑わないで欲しい。

「もう来なくていい」と言われて一夜明けた昨日朝、目覚めたベッドで思った。

「今日はもう、私、うつじゃないんだ…。 もう、私、うつじゃない。」

そんな思いを噛みしめる。

たった一日でガラリと体調が変わるわけもなし、何も違わないのだけれどね。
まだ当分は気を付けて、様子を見ながら穏やかな生活をしていくつもり。
でもね。きっともう大丈夫だと思うの。
johanがいるんだもの。

さて、私、色々やろうね!

今までできなかったこと! 色々!!

人生、もっと楽しんでいいんだもの。

| | コメント (0)

子供たち

小太郎と昼ご飯を食べながら、話をする。

「今日ねえ、病院だったんだけど、先生に『もう来なくていい』って言われたの。もう大丈夫だって。」

「えっ。マジ!?」

「うん。これからもしばらくは再発しないように、気を付けて生活しなくちゃいけないけどね。」

「やったじゃーん! よっしゃーっ! 長かったねえ!」

「もう、病院で泣きそうになっちゃったよ。」

「今、泣いてるじゃん」

そうです。小太郎に話し始めたら、感極まって涙ぐんでしまった。

「だって、嬉しかったんだよ〜。」

ちーん! と鼻をかむ。

 

夕方、小次郎と小三郎にも。

小次郎はあまり態度に表す子ではないのだけれど、「もう来なくて大丈夫って言われた」と話したら、ハッとした顔で一瞬振り向いた。

その後は「ふーーーん」という感じで何も言わず。

小三郎はよく分からないなりに喜んでくれた。

「じゃあ、一緒にお外に行けるね!」(←遊んで欲しい)

「行くよ〜。まだ無理はしないようにするけどね〜。旅行にも行こうね〜。」

寛解と言われ、ふと昔のブログやら何やら読み返してみた。

どんなにこの素晴らしい子供たちに救われて来たことか。

病んでいた私と、常に共にあった子供たち。

ありがとう。ありがとう。本当にありがとう。

 

| | コメント (0)

「そんな日」

  

  いつか、薬を飲まなくても良い日が来るのだろうか。

  いつか、医師に『もう来なくてもいいですよ』と言われる日が来るのだろうか。

  そんな日が…いつか。

 

治癒を信じながらも、そのあまりの遠さに切ない思いでつぶやいた。

あれはいつだっただろう。

もう何年も前のこと。

 

でも、今、「そんな日」がやって来た。

 

7月27日は、私にとって記念日となった。

 

2ヶ月ぶりの診察。

近況報告。庶務のお願い。最後にいつも通り薬のこと。

と言っても、4月末にうつの薬はすべて切っているので、便通の薬のみ。

「便通のお薬どうしますか?」

「ほとんど飲んでないので、大丈夫です。」

「そうですか。」

PC画面の操作をする医師。

通常ならば、次回の診察について話をするはずだった。

だから、その次の言葉は、あまりに私にとって唐突だった。

「ちゃちゃさん、それじゃあ、今日で終了にしましょう。」

「…えっ…。 もう来なくて良いんですか?」

「はい。」

「だっ、大丈夫でしょうか? いえっ、私は大丈夫だと思うんですけど…っ!」

びっくり、慌てる私。何を焦っているのやら。

医師は

「大丈夫だと思いますよ。」

と言ってくれた。

「それは、寛解、ということですか。」

「はい。そうです。」

「・・・・・・・ああ、嬉しいです。長かった・・・。」

 

診察室を出て、病院の廊下を歩く。

泣きそうだった。

くちびるをふるふる震わせ顔歪ませて、こらえた。

 

本当に、「そんな日」が来たよ。

あきらめないで、信じて、あがきながらも真っ直ぐ生きてきて良かった。

「そんな日」は、やっぱり、必ず、来るのね。

 

私を支え、応援して来てくださったたくさんの人々。

本当に、本当に、本当にありがとうございました。

 

| | コメント (0)

ありきたりの日常のはずが、毒…!?

ありきたりの日常のはずが、毒…!?
先週末の話だが、小次郎と小三郎が、前夫に誘われて釣りに出かけて行った。
午後、釣った魚数匹をクーラーボックスに携えて帰宅。
「ママにさばいてもらってって。」
…何なのよ。
勝手に釣りに行っといて、あたしにさばけって?
前夫が絡むと何でも不機嫌になる、大人げない私。
本当なら、すごいの釣れたね〜と誉めてあげるべきところなのだろうが、そんなに人間できてないの、私。
何であたしがさばかにゃならんのだ、と思うとかなり不機嫌。
相変わらずJohanは出張だし、文句の言い所がない。
そもそも魚なんて、普段からさばいたりしてないし。
その日は小次郎が魚をビニールに包んて冷蔵庫へしまい、何もしないまま終わった。
翌日も、魚の事を考えるとうんざり気分が続く。
が、この暑さの中、いくら冷蔵庫でも、いつまでも放っておくわけにもいかない。
昼近くに意を決して、台所に立った。
…さて、3枚に卸して、それでどうやって食べろと?
そもそもこれは何の魚だ?
図鑑を引っ張り出して、探してみる。
子供達が言うには、小さい4匹はアイゴだと。
大きな1匹は、図鑑から多分ボラだろうと検討をつけた。
「アイゴは、から揚げにすると美味しいんだって言ってたよ。」
さばいて、揚げろと?
ちっともやりたくないよ。
アイゴにしてはヒレがないじゃん。図鑑と違うよ。
(ヒレは折り畳まれていることなど、私は知らない。)
これが前夫が相手でなければ、気持ちも違うのだろうな。
何であたしがやらなきゃなんないのよ。と、そんな姑息なことばかり考える。
でも、せっかく子供達が釣ったもの、捨てるわけにはいかない。
不機嫌さを押し殺し、頭を落とし、内臓を取るべく切れの悪い出刃をふるっていた、その時。

…ぷす。

畳まれていたアイゴの背ビレが、左手小指の先に刺さった。
「…ったーーーいっ!!」
骨のように堅いヒレの先っぽ。
流血。
(あああ、もう!)
水で血を洗い、作業を再開しようとしたが、
「…痛い…。痛い…。何これ痛い…!ううう…痛い…。」
刺された小指の先が、ギリギリ痛む。
まるで針が肉の中に残っていて、それをぐりぐりえぐられるような痛み。
脂汗を吹き出しながら、リビングに倒れ込んだ。
心配した小三郎、図鑑を見てふと気付いた。
「ゴマアイゴ、やばい。ヒレに毒あるって。」
なんだと〜?
勘弁してよ〜。痛いよ〜。どんな毒よ〜。
とりあえず小次郎にマキロンをドボドボかけてもらい、ネットで検索してもらった。
「アイゴ。ヒレに毒があり、刺されると強い痛みがある。」
だそうだ。
命がどうこうなりそうな気はしないし、堪えられない痛みでもないけれど、何も手につかない程度には痛い。
結局、やりかけの全てを放棄して、ベッドに横になった。
お湯でもみだすと良いらしいが、お湯が出るまで待つのも辛かった。
本当、小指の先、ほんのちょっとなのに。
何なのよ〜まったく〜。やりたくもない魚をさばいた揚げ句、毒にまでさされて。こういうのを、ふんだりけったりって言うの?

幸いなことに、30分ほど横になっていたら、かなり痛みも治まった。
いや、痛かった。
でも、刺されたのが子供達じゃなくて良かった。私で良かった。
こんな危ない魚持たせるのなら、注意喚起して欲しい。

夕方、気を取り直して再度3枚卸しに取り組んだ。
どうやって食べるか考えるのが面倒だったので、全部まとめてしょうが醤油に付けこんで揚げちゃった。
まあまあ美味しかった。
こんなに頑張ったのに、子供達はあんまり食べてくれなかった。
その夜帰宅したJohanには、
「あたしの血と汗と涙の結晶なんだからね!文字通り!」
と、強制的に食べさせた。

痛い思いをしたけれど、まあこんな日もあるわね。
話の種にキープしておこうっと。

| | コメント (2)

初水墨画 課題「蘭」

念願だった水墨画を習い始めました。

初めての課題は、「蘭」です。

110630_170939

下手くそ〜。

でも、初めから上手なわけがないので、恥ずかしくはありません。

先生はす〜す〜っと、事も無げに描いてらっしゃったのだけれど、いざ自分で描いてみると、それはそれは大変でした。
まず、描くこと筆使い云々以前に、紙と格闘!
どれくらい、どのように筆に墨をふくませれば良いのかがわからない。
水分が多ければ滲むし、少なければかすれるし。
滲みもかすれも、水墨画の味なので、そのつもりで効果を出せれば良いのですが、全くそういうレベルの問題ではなく、線一本引くのも酷い有様で、どうすればよいのかわからない!
わからないままに何とかごまかして描いて、見て頂きました。

先生からは
「良く描けてますよ。最初からこれだけ描ける人はそういません。」
というお褒めの言葉をいただいたのだけれど、いかに紙と墨とをごまかして描いたかを自覚しているだけに、素直に喜べるものではありませんでした。

こうして自分が描いたあと、先生の描いている様子を見ると、見る目が全然違います。
筆への墨のふくませ方、水の使い方、納得です。

私の先生がおっしゃることには、水墨画では絶対に濃淡を考えてはいけないのだそうです。
ええっ?水墨画って、この濃淡の表現が素晴らしいのでは?
と驚きと疑問。
その濃淡というのは、筆から自然に墨が落ちていく過程で現れるものであって、頭で「ここは薄く、ここは濃く」と考えてから描くものではないのだと。
ほえ〜っ。と思いました。

教室はひと月に1回。
次回の課題は「竹」。

| | コメント (0)

なんだか楽しくないぞ

今朝、目が覚めて、布団の中でしげしげと思った。(日本語おかしいかな?)

なんだか、楽しくない。

ここのところ、「人生って楽しんでいいんだ」と思えるようになったり、他にも色々で、割と心がはずむ日々が続いていたのだけれど。
先月のjohanの誕生日には、ケーキを買うことだけで、楽しくて嬉しくて幸せな気分だった。
ところが、何やらゆうべから少しイライラモード。
今朝は、そんな流れのせいか、「なんだか、楽しくない」。
楽しくないし、やる気が出ない。
やりたいこと、やらなくちゃいけないこと、いっぱいあるのに。
何故?
暑いから?
いや、私が思うに、それはきっとjohanがいないからだ!
月曜に1回帰ってきたjohanだが、また火曜日からずっと行きっ放し。
明日は小太郎の誕生日なので、何とか帰ってきたいと言ってくれているけれど、その後はまた行ってしまうのかな。
johanはこの1ヶ月、全く休みを取っていない。
毎日、炎天下の現場で働いている。
先日会った時には、顔と首だけ真っ赤に日焼けしていた。
多分もう少しで目処が立つのだろうけれど、とにかく皆が無事に毎日を乗り越えて欲しい。
私がjohanに会えなくて禁断症状気味だということは置いといて、とにかく休ませてあげたい。
家で昼からビールを飲んで、ごろごろして、たまったテレビ録画を見て、だらだらお昼寝させてあげたい。
今まさにこの時間にも、この灼熱の太陽の元、関東の電力のために尽力している人々。
福島第一の作業は、きっとさらに過酷なことだろう。

なんだか、楽しくないなんて言ってられないね。
johanが頑張っている時に私ができること。
子供たちとの生活をしっかり守る。
johanが安心していられるように、帰ってきてほっとできるように、私が元気でいなくてはね。
だから明日はほんとに帰ってきてね〜〜〜っ。(懇願)

| | コメント (0)

牛乳が…

牛乳が…
今日は資源ゴミの日です。
これは1週間分の、開いた牛乳パック。
25枚ありました。
今の時期でこの数なので、夏休みに入ったら…。
去年は、一日5、6本消えていた。
食費に占める牛乳の割合、凄いことになります。

なので、今年は決めました!
牛乳は一日4本しか買わない!
それ以上は水でもお茶でも飲んでね〜。
無尽蔵にあるから悪いのよね。

| | コメント (0)

「思考は現実化・・・」してください~

昨日、返ってきたjohanは、今朝また行ってしまった。
次の帰宅は月曜日・・・。(;_;)

久しぶりのみんなでの夕食時、小太郎がこんな話を始めた。
「おれ、ゆうべ夢見たよ。
夢の中で、johanの仕事場を、高い所から見てるの。そしたら、社長さんがやって来て、
『やあ、君のお父さんは良くやってくれてるよ。』って。
だから、
『お父さんしかできないこと頑張ってやってるんだから、もっとお給料欲しいって、お母さんが言ってました。』
って言ったら、
『そうかそうか。じゃあ、月60万にしようか。』
ってさ。」
”お母さんが言ってました”のところで、のけぞってしまっていた私だが、最後の一言をきいて、思わず
「正夢になってえ~~~っ。正夢になってくれえ~っ。正夢にぃ~~~っっ。」
johanはぶふふと笑っていた。
「よし、毎晩念じよう。念じるんだ。念じていれば叶うかな。」
と気合を入れる私に、小太郎がひとこと。
「『思考は現実化する』」

久しぶりに読んでみるか、ナポレオン・ヒル。

| | コメント (2)

johanのいない生活

johanは先月から出張続き。
東電の新規発電設備設置に関わっているからです。
昨日の週末も、その前の週末も休みなし。
たぶん、7月半ばまで休めないだろうとのことです。

3〜5日泊まりで現場、2日くらい帰ってきて、また出張、が続いています。
最初は、
「johanに3日も会えないなんて〜・・・。どうしよう〜。私にも賠償金〜。」
とか、不謹慎な冗談を言っておりましたが、ま、思ったよりも大丈夫な私で、johanも安心したようです。←(結構心配してくれていたらしい)。

以前から、
「休みがとれれば、東北行ってがれきの一つでも拾いたいよ。」
と言っていたjohanにとって、今回の仕事は、彼なりに復興への役割の一旦を担うのだという思いでいるようです。
そんな彼を、私は尊敬しているし、誇らしい気持ちにもなります。
実は、彼が今回の発電設備設置には必要不可欠な人間だということを、ゆうべ知りました。
本人はあまりそんな事を言いませんが。
そんなふうに請われて行き、休みも無しに尽力しているのに、お給料には全く反映されないあたり、理不尽だなあ、と思ってしまう私は単なる貧乏主婦ですね。

ゆうべ帰宅したjohan。
「洗濯物たくさんあるよ。ごめんね〜。」
と、申し訳なさそうに言うの。
「謝らなくていいのに。あなたは働いて、洗濯は私にまかせなさい。」
「ありがと〜。」

johanがいつもそばにいなくても、幸せでいられる。
それもjohanが私にくれた幸せ。
彼が私にくれた幸せを思うと、私も彼を幸せにしたいと心から願う。

| | コメント (0)

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »