食欲がない
食べられないことはないが、食に対する意欲がない。そんな状態がずっと続いている。だいたい自分の作ったものは、美味しくないし。でもSさんの料理はとても美味しい。
意欲がないのは、食に対してだけではないな。何事に対しても、だ。得に、仕事に対するモチベーションの低さといったらない。
なんだか曇り空の中をさ迷っているみたいだ。
元気な私は何処へ行った?
何が私を落ち込ませている?
半分分かっているのだけどね。言えないの。
食べられないことはないが、食に対する意欲がない。そんな状態がずっと続いている。だいたい自分の作ったものは、美味しくないし。でもSさんの料理はとても美味しい。
意欲がないのは、食に対してだけではないな。何事に対しても、だ。得に、仕事に対するモチベーションの低さといったらない。
なんだか曇り空の中をさ迷っているみたいだ。
元気な私は何処へ行った?
何が私を落ち込ませている?
半分分かっているのだけどね。言えないの。
今朝は、私がいつも頭にきている給食費集金当番。本当、勘弁してほしい。
そして私はまたやらかしたよ。小太郎は5年3組なのに、なぜか私は迷うことなくまっすぐ5年1組の教室へ向かったのだ。
当番のお母さんと集金しながら、名簿にハンコをペンペン押して行く。
「おはようございます。よろしくお願いします。」
と、見知らぬ先生が入って来た。だが私はまだ間違いに気付かなかった。
(あれ?担任の先生変わったのかな…?)
しばらくハンコをペンペン押していて、ふとその名簿に自分の子供の名前がないことに気付いた。
(あれ?なんで…?)
「あーっ…!ごめんなさい!私、3組に行くべきでした!!!」
何をやっているのだ私は…。
集金後は病院へ。
「相変わらず疲れやすいけれど、何とかやってます。」
「仕事、大丈夫そうですか。」
「まあ、精神的なこと以外は…」
「ひとはひと、自分は自分と思うことですよ。」
「はい…。もう何もかも自信がないんですよね。だからまた不安で…。」
「でも本当に頑張ってますよ。ひとりで働きながらお子さん育てて、よくやってますよ。」
「そうでしょうか…」
目の奥が熱くなった。
「とにかく、やっていくしかありませんからねぇ。やっていって自信をつけて…。何かのきっかけで良くなることもありますよ。」
「はい…。」
そうならば、私はその「きっかけ」を切望する。
今日はこの後、ずっと延ばし延ばしになっていた友人への出産祝いを選びに行く。私もあやかりたい…。
少しゆっくりした一日が過ごせそう。なんとか気分が持ち上がると良いのだけれど。
私はjohanに、私の所に帰って来るひとになって欲しい。
彼に、
「あなた私とずっと一緒にいてくれる?」
と聞くと
「いるよ〜」
と答えてくれるけれど、自分から「一緒にいようね」と言ってくれたことは一度もない。
「私たち一緒に暮らせる?」
と聞くと
「暮らせるよ〜」
と答えてくれるけれど、「それはいつ」と尋ねると、答えは返って来ない。
だから私は時々とてもひとりぼっちになる。
「子供たちが手を離れて行ったらどうしよう…」とか、今考えても仕方のない老後の心配をしたりする。何しろ、今から20年後に元気になっている保障もない。お金もないだろう。それに子供に世話をかけたくないし。…ほんと、今悩んでも仕方がないのだけれど。
johanが
「子供に面倒みろって言うか、『あたしはひとりで生きていく!』って言うか、その時考えれば。」
と言った。
ああ、この人は私と一緒にいてくれないのだと思った。だって、
「大丈夫。俺が一緒にいるから。」
ぐらい言ってくれたっていいじゃん。でも正直な人だから、確約できないことは言わないの。
まあいいや。今のままでもいいや。
いつだったか
「あなたはこれからもっと幸せになるんでしょ。」
と言ってくれた。
私、今からどうやって幸せになっていこう…。
この週末、子供たちはテントキャンプに誘われて出かけていた。帰って来てから、別れた夫も一緒に行っていたことを知った。
周りの人たちは、私たちのことをどう考えているのだろう。こんな風に、私の知らないところで子供たちが別れた夫に会うのは不愉快だ。一般的に見てどうなのだろう。普通のことなのだろうか。
こうやって夫が子供たちと楽しい思い出をいくつも作っていく間、私は何もできずに寝てばかりだ。日々を暮らすのが精一杯で、旅行ひとつできない。病気になったのは自分が悪いのだが、やはりやるせない。
私が我慢すれば良いこと。皆が表面だけを見て何を思っても、私が知っていれば良い。子供たちを育ててきたのは私。いちばん大切にしてきたのは私。いちばん抱きしめて愛してきたのは私。
ゆうべ、疲れが出たのか小三郎は39度超の熱を出した。
(仕事、休めない・・・。どうしよう・・・。)
迷った挙句、実家に電話をした。父が快く今日の小三郎の世話を引き受けてくれた。本当はできるだけ実家の世話になりたくない。でも、仕方ない。
そんなことで、昨日から何やら落ち込んでいる。
私は子供たちがいなければ、生きていく価値もないと思う。
子供たちがいなければ、生きていたくない。
ちょっと前までは、夜9時半頃には寝ないと身体がもたなかったが、最近、10時過ぎまで起きていられるようになった。それでも一般的には十分早いのだろうけれど。とか言って、昨夜はちょっと油断して本を読んでいたら、11時半になってしまった。しかも眠りが非常に悪かった。浅い眠りの上、夜中に長時間目覚め、明け方ようやく眠りにおちたように思う。
ふと目を覚まし時計を見ると、6時45分を指していた。これは間違いだとまずは目を疑った。文字通り本当に疑った。現実だと認識するまでに10秒以上かかった。
「6時45分ーーーっ!?!?」
あたふたあたふた・・・。
一番起きで、なにやらやっている小次郎に泣き言を言う。
「小次郎~っ。お願いだから起こしてちょうだい~。」
おかげで朝食は、ごはん(炭水化物)にハム(タンパク質)とみかん(ビタミン)だけ。ごめんね、子どもたち。
朝食を始めた途端に、つい口から「は~っ・・・疲れた~・・・」と声が出てしまった。朝からこんな言葉を言うのはどんなものかと思うけれど、本当のところだ。睡眠が足りないと、前日からの疲労をそのまま引きずる。何度も言うが、今の私は通常の3倍疲れやすくて、5倍、回復に時間がかかる。自覚しろ。
しかし、昨年11月の復職から、間もなく1年がたつ。昨年の今頃は、1週間もたなかった。ようやくなんとか週5日を無難にこなせるようになったのは、半年前くらいからだ。それでもひと月に一度は寝込んでいたのが、夏ごろからようやく1ヶ月見通せるようになった。前進しているのだ、と自分を振り返って励ますようにしている。
先日読んだ本に、私のように自分に自信のない人間は、うまくいった時のことをイメージしたり、自分を誉めたりすると良いというようなことが書いてあった。でも、自分がうまくいったことなんで、とんと思い出せないや。だから、自分を誉める方をやることにした。でも、誉めるのは私でなくて、johanにやってもらう。
「ねえねえ、私のこと誉めてちょうだい。」
とお願いしたら、彼は少し考えたあと、
「慈悲深い。」
と言った。なんだか今一歩よくわからなくて、返事ができなかった。
それとは別に、この前は
「ねえねえ、私のどこがすき?」
と聞いたら、
「正直なとこ。」
即答。どうやら、相手に言いたいことを溜めておけない性格でも良いらしい。でも、言いたいことを言えるのは、彼と子供たちにだけなのだけれどね。あとはだめだめ。
昨日読んだ本のこと、おいおい書いていきます。今のどうしようもない自分を少し肯定できる気がしたので。
今夜はさすがにもう休まなくては。また明日、頑張ろう。明日が来るのが怖くない夜って、有難い。おやすみなさい。
牛乳×6本頼んだはずが、
生鮭4切れ×6に間違えてた〜(泣)
これから当分鮭三昧だよ〜(泣)(泣)
でも普段は牛乳8本以上発注しているので、今週たまたま6本しか頼んでなかったことが救いかも…
あー
明日はしゃけ〜♪
あさってもしゃけ〜♪
しあさっても…♪
昨日の夕方、会社を出るとjohanからメールが来ていた。
「仕事終わったので、そちらの家へ向かいます。」
平日に会えるとは思っていなかったので、躍り上がりそうなほど嬉しかった。疲れも飛んで行く気がした。返事を打つ。
「じゃああなたの方が早いね。ビール飲んでていいからね。」
「はーい(^o^)/」
今夜は肉豆腐にしよう。早く帰って一緒にビール飲もう。早く帰ろう。帰ったらjohanがいる。
買い物をして保育園へお迎えに行き、小三郎をせかして家へと急ぐ。
帰ったらjohanがいる。帰ったらjohanがいる…。
しかし帰宅し、チャイムを鳴らしても誰もドアを開けてくれない。仕方ないので自分の鍵を取り出し入ると、家の中は真っ暗だった。風呂場の方から小太郎と小次郎の声がする。玄関にjohanの靴はなかった。
茫然とした後、携帯を見てみると、メールが一通来ていた。
「床屋行ってから行きます。」
とたんに私の頭はぶち切れた。
「なによもう!!!!!!」
と返事をなぐり打つと、力まかせに携帯電話を壁に投げつけた。携帯は電池部分が分解して床に転がった。途端に忘れていた疲労が押し寄せて来た。床にしゃがみ込み、頭を抱える。
風呂からあがった小太郎がそんな私を見て言う。
「ママ疲れてるの?」
「…ううん。ごはん作らなくちゃね…。」
この怒りと落胆をどこへやろう。
15分後、料理中にやっとjohanがやって来た。私はろくに口もきかなかった。
johanにしてみれば、時間があったから床屋に寄っただけでそんなに怒るものかと思うだろう。私だって全く不条理な怒りだとは分かっている。
しかし、そういうことなのだ。家に帰ったら彼がいるということが、私にとってどんなに嬉しく楽しみだったか、彼には全く分かっていないのだ。多分こんな感情は一生分からないに違いない。私が一分一秒でも早く帰ろうとしていた気持ちなど分からない。それは彼にそういう気持ちがないからだ。
だから、きっといつまで待ったところで、彼と一緒に暮らすことなどできないだろう。彼にそんな気はないのだから。彼は「あるよ」と言うけれど、本当にあるのだったらとっくに実行に移しているはずなのだ。私がこんなに望んでいることだって知っているのだし。今年もこのまま終わり、春になっても何ひとつ変わらないのだろう。
私としても、その気のない人に無理にお願いするつもりはない。望んでくれなければ意味がない。
johanは私をとても大切にしてくれる。私は彼にどんなに感謝していることか。そんなことを忘れて感情をぶつけてはいけないのだ。
今朝は、そんな、反省の朝。


johanに手伝ってもらって、久しぶりの寄せ植えです。
やっぱり草木があると心が潤います。今日は苗を買いながら、うきうきしてしまいました。
これからこんもり繁ってくれると思います。今は鉢の配置を悩んでいます。
さて今夜は、豆乳鍋を食べて明日からに備えます。

今日は子供たちは稲刈り。今日しかチャンスがないので行ってきました。
子供のころ美術誌で見て以来、心に潜んで離れなかったオフィーリア。
信じられない。この世にこんな絵を描ける人がいたなんて。
水の冷たさとオフィーリアのはかなさに、暫く離れることができなかった。
ミレイの描く女性や子供たちは、その瞳に吸い込まれそう。そして画集などでは決して分からない、色と質感。私に英文学や宗教的な素養があれば、もっと深く入ることができたかもしれない。
外に出てからもミレイの余韻が消えない私は、渋谷にいることが耐えられなくて、即刻電車に乗って帰って来てしまった。本当は少しお買い物でも…と思っていたのだけれど。仕方ない。我慢できなかったんだもの。
今日の私はミレイ色。
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